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福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)759号 判決 1958年3月19日

控訴人 被告 李又永こと米田又永

訴訟代理人 元木守 外一名

被控訴人 原告 中山虎雄

訴訟代理人 灘岡秀親

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、被控訴人において「原審共同被告尾上勝弘は、被控訴人に対し、本件家屋を明け渡すべしとの原審判決は、確定しているが、被控訴人において、いまだその強制執行はしていない。」と述べ、乙第七号証は不知と答え、控訴人において「控訴人は、右尾上勝弘から、本件家屋を同人の所有と信じ、賃借し引渡を受けて居住し、同人に対し家賃を支払つてきたし、登記簿にも右家屋は、同人の所有として登記されているので、かりに、同家屋が被控訴人の所有であるとしても、控訴人は、同家屋に対する被控訴人の所有権取得登記の欠缺を主張するにつき、正当の利益を有する第三者である。」と述べ、乙第七号証を提出した外は、原判決の「事実」に示すとおりである。

理由

控訴人が、昭和二五年四月頃、原審共同被告であつた尾上勝弘から、本件家屋を賃借し(それが賃貸借であるか、転貸借であるかは、しばらくおいて)引渡を受けて居住し、現に占有していることは、当事者間に争がない。成立に争のない乙第二号証登記簿謄本によると、本件家屋は尾上勝弘の所有で、同人において昭和二四年一一月一一日所有権保存登記をなしたこと及び被控訴人が同家屋につき、所有権取得の登記を経たことのないことが認められる。しかるに、被控訴人は、昭和二四年三月一二日この家屋を、尾上勝弘から買い受けると同時に、同人に賃貸し、同人は昭和二五年四月被控訴人の承諾を得て、これを控訴人に転貸したと主張するので考えるに、原審証人渡辺昇の証言により成立を認めうる甲第一号証及び同証言並びに原審証人尾上勝弘の証言によると、あたかも、被控訴人の右主張を肯定しうるかのようであるけれども、これらの証拠は事実に反するもので採用し難い。すなわち、検討するに、(一)はたして被控訴人が、昭和二四年三月一二日尾上勝弘から、本件家屋を買い受けたとすれば、その後は格別の事情のないかぎり、同人において本件家屋について、所有者たるの行為に出ないはずであるのにかかわらず、(1) 同人は、昭和二四年九月五日依然自己の所有として本件家屋を抵当に供し、訴外野見山徹から一二万円を借り受け、その抵当権設定登記をなす前提として、前示のように、本件家屋の所有権保存登記をなすとともに、即日右訴外人を抵当権者とする抵当権設定登記をなしていること(前記乙第二号証及び尾上勝弘の証言の一部による。)(2) 尾上勝弘は、昭和二九年七月一二日自己を所有者として訴外山崎需との間に、本件家屋の売買予約をなし、翌々日の同月一四日右訴外人のため、所有権移転請求権保全の仮登記をしていること(乙第二号証による)(3) 尾上勝弘は、昭和二六年三月一五日書留内容証明郵便をもつて、控訴人に対し、自己所有の本件家屋を控訴人に貸したが、他に売却処分する必要があるので、明渡を求める旨催告していること(当事者弁論の全趣旨と成立に争のない甲第二号証による。)(4) 尾上勝弘は、昭和二五年三月二三日控訴人と通謀の上、同人に対し、自己所有の本件家屋を二〇万円で売り渡した旨虚偽の家屋売買契約をなし、その契約書を作成し控訴人に交付しているのであるが、それは、尾上勝弘において、当時本件家屋階上の賃借居住者を立ち退かせるために、控訴人に依頼してなした術策であること(尾上勝弘の証言の一部・原審控訴本人の第一回の尋問の結果・同結果によつて成立を認めうる乙第六号証・同号証を控訴人において所持する事実による。)の各事実(二)尾上勝弘は被控訴人に対し本件家屋を明け渡すべし、との第一審判決は、すでに昭和三〇年一二月中に確定しているのに、住居を転輾と変えて、その安定性ありとはいえない被控訴人は、いまだに、尾上勝弘に対し、明渡の強制執行をしていないこと(被控訴人の自認と、当裁判所に顕著な事実とによる)と(三)成立に争のない乙第一号証・原審証人増崎兼吉の証言・原審控訴本人の第一回尋問の結果(四)冒頭認定の事実の以上(一)から(四)をかれこれ合わせ考えると、被控訴人は、尾上勝弘から本件家屋を買い受け所有権を取得したことはなく、前示甲第一号証に示される被控訴人と尾上勝弘間の売買契約は、なんらかの意図の下になされた右両名間の通謀虚偽の意思表示であり、控訴人は、本件家屋の所有者尾上勝弘から、これを賃借し引渡を受けて、以来同家屋に居住しているもので、けつして被控訴人の主張するように、被控訴人よりの賃借人尾上勝弘から、転借したものでないことを認定することができる。この認定に反する前示尾上勝弘・渡辺昇の各証言は、前挙示の証拠資料及び認定事実に照らして、信用することはできないし、その他に反証はない。したがつて、被控訴人が本件家屋を尾上勝弘に賃貸し、賃借人たる同人がこれを控訴人に転貸したことを前提として、控訴人に対し、本件家屋の明渡及び損害金の支払を求める本訴請求は、すべて失当であつて排斥をまぬかれない。

そればかりでなく、たとえ、被控訴人が、昭和二四年三月一二日尾上勝弘から、本件家屋を買い受け所有権を取得するとともに、これを同人に賃貸し、占有改定により引き渡したと仮定しても、冒頭認定した事実・甲第二号証の一部・乙第二号証・増崎兼吉の証言・控訴本人の第一回尋問の結果によると、本件家屋の所有者として登記のある尾上勝弘は、昭和二五年四月頃同家屋を自己の所有として、控訴人に賃貸し、控訴人も尾上勝弘の所有として、同人から賃借し引渡を受けたこと、及び被控訴人においては、かつて本件家屋につき所有権取得の登記を経たことのないこと、並びに控訴人は終始被控訴人が本件家屋の所有権者たることを争い、被控訴人がこの家屋の所有者であることを承認したり、あるいは、被控訴人がこの家屋の賃貸人であつて、控訴人自身が、賃借人尾上勝弘からの転借人であることを承認したことのないことが明認されるのである。ところで、所有権取得の登記を経た家屋の所有者が、当該家屋を買主に売り渡して所有権を移転したものの、いまだ買主名義に所有権移転登記をしないで、買主と賃貸借契約を締結して賃借し引渡を受けた場合においても、売主がその家屋を賃貸人として(賃借人として転貸するのでなく)第三者に賃貸引き渡したときは、引渡を受けた賃借人(転借人でない)たる第三者は、売主が賃貸をなすの権限、すなわち、当該家屋の管理処分権あるが故に、自己が対抗要件を備えた賃借人たることを主張しうるとともに、賃借家屋の買主の所有権取得登記の欠缺を主張しうる正当の利益ある第三者と解すべきであるから、未登記の右買主は、第三者が自己の賃借権に礎定して、対抗要件たる登記の欠缺を主張し、かつ、賃貸人たることを争う以上、右賃借人に対して、自己が当該家屋の所有者たること、ないし賃貸人たることを主張しえないと解すべきである。したがつて、この点からするも、被控訴人の本訴請求は、すべて理由がなく棄却しなければならない。

されば以上説示するところと趣旨を異にし、控訴人に対し本件家屋の明渡と損害金の一部の支払を命じた原判決は、失当であるからこれを取り消すべく、控訴は理由があるので、民訴第三八六条第九六条第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 秦亘 裁判官 天野清治 裁判官 山本茂)

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